Archive for 4月, 2015

論語の教え(その六)

4月 1st, 2015 Posted in 論語 | no comment »

朝(あした)に道(みち)を聞(き)かば
夕(ゆうべ)に死(し)すとも可(か)なり

朝(あした)に道(みち)を聞(き)かば 夕(ゆうべ)に死(し)すとも可(か)なり

朝(あした)に道(みち)を聞(き)かば 夕(ゆうべ)に死(し)すとも可(か)なり

「一度人間としての生きるべき道を覚えると、いつ死んでもいいと思うほど嬉しいものである」と孔子は言いました。
「道」は、天から人間が戴いている「本性」に従って生き、行動するための方法・手段です。
具体的な「道」とは、父の慈(じ)、子の孝(こう)、兄の良(りょう)、弟の弟(てい)、夫の義(ぼ)、妻の聴(ちょう)、長の恵(けい)、幼の順(じゅん)、君の仁(じん)、臣の忠(ちゅう)、姑の慈(じ)、友の信(しん)等を言います。
私達は、父であり子であり夫であり長でもあると言う様に、同時に幾つもの役柄を持っていますやが、その時の地位と場所に応じて、「道」に適った行動が出来なければ、「道」が身に付いているとは言えません。
適切な時に適切な行いが出来る様になった時、大きな満足感を覚えて、「もう死んでも良いと思うほど嬉しい」と孔子は言ったのです。
この「道」には「恕(じょ)」の心が一本、太く貫かれているのが分ります。
私利・私欲を忘れて、天から与えられた「道」により行動する時、天と一体になった「悟り」の境地を感じます。